婚活、結婚準備

婚活、結婚準備

「理想の結婚相手がハードルを上げることも」

 先週の土曜日は、二週連続で関東遠征。そして、二週続けて別の団体で婚活トーク。例によって、創世記24章を読んで自分の出会いを祈るより、結婚してから25章にならないことの方が大切。出会いより、結婚生活。入口より、入り口を入ってから。「いい結婚をすること」より「いい結婚にすること」「した結婚をよくすること」が大切。聖書が記す結婚の教えのほとんどは結婚してからの教え「いい結婚にするための教え」だ!と独身者には、実にウザいお説教。その中で著書に書かなかったエピソードを紹介。
 
 50代のクリスチャン女性がご自分の結婚を語りました。30年程前のこと、牧師に結婚したいから誰か紹介して欲しいとお願いとすると「そうだなー、〇〇兄弟くらいかなー」。その返答に「えー〇〇兄弟ですかー、他にいないのですか?」と不満げに問う女性。「うーん、〇〇兄弟しかおらんなー」と申し訳なさそうに答える牧師。
 結婚するならクリスチャン、また、生涯独身はありえないと思っていた彼女はしぶしぶ〇〇兄弟と結婚を決断。交際が始まると、見えてきたのは兄弟のいいところ。「意外とえーとこあるやん」「えー人やわー」「だんだん好きになってきたわー」ということで予定通り結婚。
 50代となった今「本当にこの人とと結婚してよかった。神様が最善の男性との結婚に導いてくださった」とおっしゃるのです。
 
 そうです。人間的には「妥協」「不本意」と思えた男性を対象とした時に、「神様の最善へのドア」が開かれました。こういう出会いもあるのです。神様の導きは時に、人間の想定外にあります。 
 10の条件を上げて祈るのもよいでしょう。異性としての魅力も結婚においては大切だと思います。しかし、それさえも、すべて転覆させるような神様の圧倒的な導きがあることを見失ってはならないでしょう。「理想の相手指向」は、結婚のハードルを上げてしまい、結婚生活の質を下げかねません。
 
 自分なりの「理想の相手像」が強すぎると、出会いを見逃しかねません。こうしたダイナミックな神様の導きを見失いかねないのです。実際に支援をしていると、10組に一組くらいは、お互いタイプでないのに、会うこと自体、気が進まなかった相手なのに、惹きあってゆき結婚に至ります。
「自分の理想像」より、はるか勝る「神様の導き」を優先してほしい!そんな思いでこのエピソードを語りました。結婚を願って集った青年たちに、伝わればうれしいです。