婚活、結婚準備
婚活、結婚準備
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- 「スペック婚より導き婚⑤~容姿に惑わされた実例」
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- 「スペック婚より導き婚⑧~塵の指摘より梁の除去」
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- 「恋愛結婚激むず時代に突入!⑦~可愛くて優しい人がいいの?」
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- 「婚活者の自己決定、自己管理、自己責任セミナー②」
- 「婚活者の自己決定、自己管理、自己責任セミナー③」
- 「婚活者の自己決定、自己管理、自己責任セミナー④」
- 「プライドの高さ+自己評価の低さ=婚活下手①」
- 「プライドの高さ+自己評価の低さ=婚活下手②」
- 「プライドの高さ+自己評価の低さ=婚活下手③」 ㅤ
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- 「35歳の5年以内結婚確率②~女性の生き方の激変」
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- 「理想の結婚相手がハードルを上げることも」
- 「成功婚、導き婚、祝福婚①~成功婚か?導き婚か?」
- 「成功婚、祝福婚、導き婚②~自分の求めか?神の備えか?」
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- 「親に結婚を反対されたら?」
「スペック婚より導き婚①~神のストライクゾーンで勝負しろよ!」
クリスチャンとの結婚を願う青年たちが、苦戦する理由の一つは「スペック婚指向」。容姿、学歴、年収、職歴など、目に見え、数値化されるスペックを中心に、相手を取捨選択するから。神様の導きより、そちらを最優先してしまうから。
特に高学歴で男性同等の収入を得ているハイスペック女子が「スペック婚」の発想で相手を探すと、苦戦どころではなくなります。なぜなら、スペックが高く、好ましく見えるクリスチャン男性のほとんどは、20代で結婚しているから。30代になると、好ましく思えるクリスチャン男性の多くは既婚者。
ですから、ハイスペック女子が、自分と同等かより上のスペックの男性を願っても、まず、出会えません。出会えたとしても、自分が結婚対象としてもらえるとは限りません。スペック婚を願うことは、砂浜に埋められたダイヤモンドを探すようなもの。
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何より、スペックは表面的かつ部分的な判断材料に過ぎません。まちがっても、最優先してはならないもの。スペックを「入口」にしてしまうと、自分で自分の首を絞めることに。
神様の導きを自分で制限してしまい、神様の導きを見失うのです。導きの人に出会っているのに、スルーし続けます。3球連続のストライクをすべて、見逃します。既に見逃し三振でバッターアウトなのに、打席に立っているクリスチャンは少なくないように感じます。
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聖書は言います。「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い」(イザヤ55:9)と。そうです。神様が導きいておられる人物が、自分の願う条件と大きく異なることは少なくないもの。
さらには「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、人の心に思い浮かんだことがないものを、神は、神を愛する者たちに備えてくださった」(Ⅰコリ2:9)とあるように、神様が備えておられる人は、「未経験のタイプ」「想定外の相手」の可能性があるのです。
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ですから、よく思うのです。
「最初から、スペックで、自分のストライクゾーン作ってストライクをボール判定して、バット振らないで、どうすんの?」
「神様のストライクゾーンで勝負しろよ!」
「願いにまさる神様の恵みを見逃しているよー」
「選球眼、悪すぎ」と。
まず、スペックありきで、希望条件外、未経験、想定外の相手を排除するのは、あまりにもったいないです。と言うか、自ら「結婚できない選択」をしているように私の目には映ります。
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スペックは肉眼で見えること、それは本質ではありません。スペック指向は、まさに、「男を見る眼」や「女を見る眼」がない典型。スペックがどうでもいいとは言いません。それも大切な要素。
しかし、クリスチャンなら、それに、はるかまさる「主の導き」を求めようようではありませんか。そこには自分の思いにはるかまさる祝福、未経験、想定外の神様の恵みがあるのですから。クリスチャンが、神様の導きを優先しないなんて、大損!まさに宝の持ち腐れ。
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そう、「スペック婚より導き婚」です!
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結婚相手についての希望条件をあげて、祈るのはOK、しかし、それに執着するのはNG。「祈り続けている条件に合致する人と出会わせてください」だけが祈りではないでしょう。
「祈ってきた条件と違っていても、導きの人なら、そのことをを示してください」「神様の導きを見逃さない自分に変えてください」との祈りは、それ以上に大切。祈りとは、自分の願いを神様が叶える以上に、神様の願いを自分が叶えることだから。
「スペック婚」から「導き婚」へと発想の転換、価値転換、意識変革ができるかどうか。それが、結婚できるかどうかをかなり左右するもの。結婚への最短距離は自分を変えること、心の一新です。
