婚活、結婚準備

婚活、結婚準備

「スペック婚より導き婚⑧~塵の指摘より梁の除去」

スペック指向を非難する発言を時々見聞きします。
 
女性たちからはこんな声が聞こえてきます。
クリスチャンなのに、女性を容姿で選んでいる。
一般男性より妊娠出産を希望する人が多い
年齢で門前払い、簡単に切ってくる
30代後半になるとスルーされる
女性は、「子産み機械」ではない!
一方、男性たちからはこんな声が
同等か自分より上の学歴が条件かよ?
信仰を見ずに、まずは収入で評価
学歴と収入で、はじかれてしまう
神様の召しなのに職業に貴賤とかあるの?
男は「家庭内ATM」じゃない!
 男女ともごもっともです。お怒りもご主張もその通り。
しかし、聖書が第一に問うのは、「批判内容の是非」でなく、「批判者資格の有無」。
 イエス様は、マタイ7:7で、その資格の有無を「塵と梁」のたとえで語られました。それが、私たちに思い描かせるのは、自分の目に梁があるのに、相手の目の塵を指摘するという「漫画チックな光景」。そして、その人物が自分自身ではないかと問いかけます。
 上に記したようにクリスチャン男性に失望し、非難する婚活系女性の皆さん。皆さんは、男性たちの非難の声に、「自分は、そうでない」と言えるでしょうか?同じく、クリスチャン女性に不平不満を訴える婚活系男性の皆さん、皆さんは、女性たちの非難の声に「自分は違う」と答えられるでしょうか。 その問いかけを、スルーして、異性のクリスチャンを非難する人物を、イエス様は厳しく戒めています。
 
「偽善者よ、まず自分の目から梁を取り除きなさい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取り除くことができます。」(マタイ7:5)
「自分は違う、そうでない」と答えられなかった方は、以下をお読みください。
 自分の梁を取り除くことなく、相手の塵を指摘する人物に対して、イエス様は「偽善者」と呼び掛けています。塵を取り除くことで、初めて「はっきり見えるようになる」とイエス様は教えます。
 自らを省みることなく、スペック指向の異性を非難しているクリスチャンは、実は、自分も相手も見えていないまま、婚活の道を歩んでいるのかもしれません。それでは、道に迷ってしまうのも当然。
そこで、お勧めです。
結婚準備として、まずは「偽善者」をやめましょう。
もし、偽善者なら、それを認めることから結婚準備は始まります。
批判や不平不満は、批判者資格試験をパスしてから。
梁の除去が塵の指摘に先行、優先するのです。
自らの梁を認め、除去する時、自他が見えます。
それこそが、男を見る眼、女を見る眼
その眼は、本来の基準で、相手と導きを判断します。
それが、その人を結婚への最短距離へと導きます。
最後に、厳しくまとめます。
ご批判と不平不満はごもっとも
でも、塵の指摘より梁の除去
批判の内容の是非の前に批判者資格の有無
何より、すべきは脱・偽善者
偽善者やめれば、見えてくるかも、結婚への道