婚活、結婚準備

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「恋愛結婚激むず時代に突入!⑥~主にあるお友だち婚」

〈恋愛と結婚、相手に求めるのは?〉
 牛窪先生が内閣府などの信頼できる統計から、分析をしているのですが、ほとんどの若者が恋愛対象には、異性としての魅力や好ましさを求めます。その一方で、結婚となると、女性は男性に経済力、家事育児への参与や経済力を求めます。そして、男性も、女性に一定の経済力を求めるようになっています。
 現在の若者が置かれている労働環境では、結婚は一定の経済力のある者のみが手にできるな「ブランド品」で、さらに、子どもは「贅沢品」のように。実際に、格差の激しい韓国では、平均的な若者が結婚して子どもを持つことができない深刻な状態とお聞きします。
〈恋愛感情が起爆剤にならない?〉
 昔は、恋愛感情一発での結婚もあれば、それ故の愚かな失敗も多くありました。今の若者はそこまで無思慮ではありません。また、結婚はリスクを冒して無理してまで、すべきものでもなくなっています。
 両親夫婦を観察し、周囲の結婚の失敗からも学んでいます。何より失敗することと傷つくことの回避が最優先というメンタリティーです。ですから、恋愛感情が単純に結婚の起爆剤となった時代とは異なります。
 つまり、「恋愛対象と結婚対象で求める条件が異なる」と「恋愛感情が結婚の起爆剤になりえない」がセットになっているのです。とういうことは、そうです。「恋愛結婚は極めて困難」なのです。恋愛を経由しての結婚が成立しないのは当然なのです。恋愛相手の条件は捨てて、結婚相手の条件で考えないと結婚できなくなっているのです。
〈現在人は捉われている?〉
 牛窪先生は、「恋愛結婚終焉」の中で、関西大学の谷本菜穂先生の見解を紹介しています。谷本先生は、「現代の人々は、ロマンチック・ラブ・イデオロギーならぬ、ロマンチック・マリッジ・イデオロギーに捉われている」と主張します。つまり、「恋愛の先に結婚はなくてもいいと考えながら、一方、結婚には恋愛が必要だと考えている」という「ややこしいイデオロギー」に現代人は縛られているというのです。
 そのことは、クリスチャンも例外ではありません。まだまだ、10代から恋愛、性、結婚について聖書から教育されることが少ない日本の教会です。青年クリスチャンの多くが、悲しい程、世俗的な恋愛観を持っています。そうなれば、クリスチャン青年たちの多くが、聖書的な結婚観を持たずに、ロマンチック・マリッジ・イデオロギーに捉われているのは、当然です。
 結婚を願っておられるクリスチャンの皆さんはどうでしょうか?「恋愛の先に結婚はなくてもいいと考えながら、一方、結婚には恋愛が必要だ」と考えていないでしょうか?いいえ、「恋愛の最終ゴールは結婚だと考えながら、一方で、結婚には恋愛が必要だ」と考えていないでしょうか?
〈恋人より友達?〉
 牛窪先生は、アメリカでの近年の変化を紹介しています。何でも最近の若者たちは、「激しい恋愛をすること」を願わず、交際相手を「恋人」より「友達」と考える傾向にあるようです。
 日本なら、恋愛はストレスなので、「恋愛という起爆剤なしで結婚しよう」という流れになればいいのです。結婚現在の結婚をめぐる状況、また、今どきの若者のメンタリティー、さらに、聖書的結婚観を考えれば、同じような変化が求められるように思うのです。
 ときめく相手でなく、信頼できる相手、どきどきする相手でなく、安心できる相手。異性としての好ましさより、価値観が共有できることが優先でしょう。よく言われるように、「愛しているから結婚するのでなく、愛するために結婚する」のです。
 つまり、ときめくことがあまりなくても、ふさわしい相手と結婚してから、結婚後にこそ、愛の喜びを経験していくのです。それは恋愛とは別次元の尊く真実な愛の絆です。言い換えれば「恋人夫婦」でなく、「友達夫婦」や「仲間夫婦」でスタートしても「ラブラブなれる」ということ。
〈婚活における勝負の分かれ目〉
 もちろん「主にある恋愛結婚」も一つの在り方です。でも、それが困難な現状にあっては「主にある友達結婚」、「主にある仲間結婚」ができるかどうかが婚活における勝負の分かれ目でしょう。
 いいえ、そうした「聖書的価値転換」ができるか?「心を新たにするこで、自分を変えていただく」(ローマ12:2)ことを願うかどうか?多くの婚活成功者と苦戦者を見ながら、それが、勝負の分かれ目だとつくづく実感しています。
 結婚希望の読者の皆様には、御自分が、ロマンチック・マリッジ・イデオロギーに捉われていないか?そのことのチェックを。「恋愛感情という起爆剤なしに結婚はできない」という非聖書的結婚観に陥っていないか、自己点検を。
 次回はこのことに関連して男性に向けて記そうと思っています。