次世代育成と世代間問題
次世代育成と世代間問題
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に①~ペットボトル茶の始まり」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に②~教会備品としてのドローン」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に③~タイトルそのまんまの事例」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に④~今の視点からの再解釈」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に⑤~仕分けでなく発展的継承」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に⑥~老人が夢を見るために」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う①~夢を見ない高齢者たち」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う②~残像を見る高齢者たち」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う③~残像継続強制による幻の喪失」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う④~脱皮を拒否で死に向かうヘビ」
- 「巨泉さんの名言に触れて」
- 「若者に教会に来て欲しいと願うその動機は?」
- 「意味も目的も求めない世代を前にして」
- 「天動説としての世代間ギャップ問題」
- 「パウロ世代とテモテ世代の相互理解のために」
- 「若者に教会に来て欲しいなら、瑛人の香水を聴け!(前編)」
- 「若者に教会に来て欲しいなら、瑛人の香水を聴け!(後編)」
「若者に教会に来て欲しいなら、瑛人の香水を聴け!(後編)」
〈いちご白書世代の皆様へ〉
長々と考察してきたが、私は「いちご白書末期」の世代に属する。だから「香水世代」に対しては以上のように考えてしまう。上から目線、偏見、決めつけも、かなりあると思う。その点はお詫びするしかない。
他方で、いちご白書世代の皆様に申し上げたい。クリスチャンホーム育ちや教会学校・ミッションスクールで強い影響を受けていなければ、こうしたポストモダン的メンタリティーはかなり普遍的と思われる。
「香水」が描く「いまどきの恋愛傾向」は、当然のように「神の愛への応答」に反映される。つまり若い世代、とりわけ未信者家庭出身者は、上に考察したようなメンタリティーをもって、信仰生活を送る。
だから、難しいのだ。上の世代の理解と受け止めがなければ、信仰生活の継続と信仰者としての成熟は、容易ではない。そこで、以下に、私なりの考察を五か条にまとめてお伝えする。
「香水世代に対しての心得、五か条」
・誰もが人生の目的、意味を求めているとの前提での伝道は空振り。
・近代的理性主義一辺倒の福音提示は、理解困難、応答不能。
・理性、自己決定、責任など、近代的自我を前提とした牧会は、機能停止。
・そんな自分を愛そうとせず、理解に努めない共同体への所属は苦痛。
・聖書によって自分の価値観を絶対化し、一方的に押し付けるのは、横暴。
ある事柄については、やめなければ、始められない。壊さなければ、再建できないのだ。いちご白書の時代にしていたことは、既に有効でなくなっていることに、もうそろそろ気が付こう。自覚しよう。教会に若者がいなくなることは、ある意味、必然であることに。まずは、その気づきや自覚から始めてみてはどうだろう?それなしに「どうしたら来るか?」「効果的な方法は?」は、病原菌を特定せぬまま、治療方法を模索するようなもの。それなしに「最近の若いクリスチャンは」と愚痴っていても、解決にならないばかりか、いよいよ自分自身を解決から遠ざけるだけ。
いまどきの若者に教会に来て欲しいなら、若者を愛そう。これは当たり前だ。しかし、当たり前のことが、あまりにできていない現実を痛感している。「愛している気分」になるのでなく、「愛を実行」しよう。愛するために、まず、理解に努めよう。その教材として「香水」は最適。
というわけで、「若者に教会に来て欲しいなら、瑛人の香水を聴け!」
