次世代育成と世代間問題
次世代育成と世代間問題
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に①~ペットボトル茶の始まり」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に②~教会備品としてのドローン」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に③~タイトルそのまんまの事例」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に④~今の視点からの再解釈」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に⑤~仕分けでなく発展的継承」
- 「老人は夢を見、青年は幻を現実に⑥~老人が夢を見るために」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う①~夢を見ない高齢者たち」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う②~残像を見る高齢者たち」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う③~残像継続強制による幻の喪失」
- 「老人は夢を見ず、青年は幻を失う④~脱皮を拒否で死に向かうヘビ」
- 「巨泉さんの名言に触れて」
- 「若者に教会に来て欲しいと願うその動機は?」
- 「意味も目的も求めない世代を前にして」
- 「天動説としての世代間ギャップ問題」
- 「パウロ世代とテモテ世代の相互理解のために」
- 「若者に教会に来て欲しいなら、瑛人の香水を聴け!(前編)」
- 「若者に教会に来て欲しいなら、瑛人の香水を聴け!(後編)」
「天動説としての世代間ギャップ問題」
少し前に世代間の課題を記した際に、ある方から有益なコメントが。大切なこととして「自分の世代を考察すること」を示してくださり、「相対性、歴史性の精査の必要性」をご指摘。
自分世代を、歴史性の中で、客観視、相対視できるかどうかは極めて大切。それができないと自分世代が、「標準」「常識」に。教会の場合は、「真理」にさえ昇格することも。
例えて言うなら、「天動説」に立って、次世代を見るのだ。次世代は、キリストという太陽を中心に、正しい軌道上を回っている。それなのに、上の世代からは「惑星」との評価。自分世代も次世代も別の軌道を動く同じ太陽系の惑星だというのに何たる理不尽。
上の世代は自らを客観視、相対視できなければ、地動説はとりえず、簡単に天動説に。自分も太陽系の惑星であることを自覚できない悲劇に。その結果、同じキリストを中心として回る別軌道の次世代を、「異常な動き」とダメ出し、「軌道修正」を求めることに。
これは、事実誤認に基づく太陽系の破壊行為。次世代という別惑星にとっては「迷惑星」に。「迷っている」とのご指摘、ご指導をいただくが、本当に、迷っているのはどちらなのか?
自戒を込めて思う。世代間ギャップで葛藤するでベテラン世代は、一度、自らが天動説に立っていないか省みた方がいいのでは?自分世代の考察を。相対性、歴史性の精査を。
