次世代育成と世代間問題

「老人は夢を見、青年は幻を現実に①~ペットボトル茶の始まり」

 教会内での世代間格差がもたらす課題は、解決困難な場合がおおいです。だからこそ、克服事例の紹介と考察をし、克服のための指針を示し、具体的提案もできればと願ってのシリーズです。
 30年ほど前のこと、ある飲料メーカーの若手社員から、お茶をペットボトルに入れて販売する企画が、重役会議に提案されました。当時は、お茶は家庭で作って飲むものでしたので、これは前例のない試みでした。決定権を持つ年長の重役たちから発せられたのは、「誰が、金を出してお茶なんか買うのか?」など、否定的な声ばかり。
 それを受けた一人の若手社員はこう言い放ちました。
「あなたたちに買ってもらおうとは思っていません!」
 この言葉が重役たちを覚醒させたそうです。若い世代はお金を出してお茶を買うであろうことを理解し、莫大な将来的マーケットを予想したわけです。その後、ペットボトル茶が飲料業界で大市場になったことはご承知の通り。
 そうです。重役たちは、ビジネス上の「夢」を見たのです。年長者の「夢」と青年社員の「幻」が一つとなり社内で共有されていったことでしょう。そして、年長者の「夢」は、青年社員たちの「幻」を実現へと向かわせていったと想像します。
 大昔には「テレビは悪魔の道具、テレビ伝道なんか・・・」という声が、少し前には、「福音は人が言葉と生活で証しするもの、インターネット伝道なんて・・・」という声がありました。「あなたたちに見てもらおうとは思っていません!」と心の中で叫んだ方もいらっしゃるでしょう。ターゲットは、「年配のクリスチャン」ではなく、「若い世代の未信者」なのですから。
 皆さんの集っている教会ではどうでしょう?ペットボトル茶の企画が通るでしょうか?「実りある前例なき企画」が、役員会の承認を受け、次世代が救われていくような教会でしょうか?それとも、役員会が「見るべき夢」を見ずに、否決されていく教会でしょうか?
 日本の教会がペットボトル茶の販売に踏み出した飲料会社のようであったらと願います。夢と幻は必ずしもトップダウンで、牧師や年長者に与えられ、信徒や年少者に伝えられ、教会で共有されるとは限らないと私は考えています。
 時に、青年層の幻に応答し、年長者が夢を見るなら、その夢と幻が、教会全体で世代を超えて共有されるなら、新たな神様の業が始まります。それによって、未来の霊的マーケットは広がり、豊かな収穫と実りが期待できると思うのです。