結婚生活、夫婦関係、離婚

「裸の心で裸の体で②~男女における性的感性の違い」

〈男女では、心と体が逆方向〉
 多くの女性にとっては裸の心での交わりが裸の体での交わりの前提。いわば女性は「裸の心→裸の体」の方向性。一方の男性は必ずしもそうではありません。むしろ「裸の体→裸の心」という方向性です。
 男女では、方向が真逆なのですが、夫婦の性関係では、この違いを知っていることが極めて重要。いつまでも理解できないでいると、夫婦の性的不一致を深刻化させ、夫婦の信頼関係にまで問題が及びかねません。今回はこの男女の性的感性の違いについて、その基本を少し記してみます。
〈目で恋をする男、耳で恋をする女〉
 「男は目で恋をし、女は耳で恋をする」と言います。男性は「視覚」によって性的刺激を受けます。容姿の美しさであれ、全身や雰囲気が発する性的魅力であれ、男性の入り口は、目に見えるもの、すなわち「外見、身体」です。女性対象のポルノはあまりなく、ほとんどすべてのポルノが男性対象なのも、そのため。男性は、恋も性も、体から始まることが多いのです。
 女性は耳で恋をするのですが、それは男性の声に性的魅力を感じるということ。声は、代表的なコミュニケーション手段、そして声は、外見より、はるかにその男性の心情や人格を反映します。つまり、耳で恋するとは、声に一定反映される男性の心、感情、人格に魅力を感じることを意味します。そのように多くの場合、女性の恋や性は「心」から入るのです。
 もうおわかりでしょう。女性にとっては、「心の通じ合い」が「体のまじわり」の前提ですが、男性は、そうではありません。多くの男性が、見知らぬ女性であっても、性的魅力を感じるなら、性関係を持つことができるのは、ご存知の通り。一方、健全な女性であれば、心の通じ合いのない男性に体を与えることはしません。
〈性的不一致はあるもの〉
 というわけで、女性は「裸の心→裸の体」ですが、男性は「裸の体→裸の心」。多くの夫婦が、経験する性的不一致の代表的要因はこのこと。教会でも教えられず、クリスチャンの親からも伝えてもらえず、だからと言って牧師にも、親しいクリスチャンの友人にも相談できず、性的不一致に悩むクリスチャン夫婦は少なくないようです。
 クリスチャンであるなしに関係なく、男女である限りは、夫婦の性的不一致があるのが普通。ですから、不一致や傷つくことがあっても、失望してはなりません。神様が備えておられる本来の性の恵みと喜びをあきらめないでください。
 クリスチャン夫婦だからといって、最初から完全な性的一致があり、心と体において、深い喜びを経験するわけではありません。結婚当初には、不一致の故に、相手を傷つけたり、ストレスを覚えたり、性的不満を募らせるのは、多くの夫婦が通るプロセスでしょう。
 むしろ、クリスチャンだからこそ、不一致を認めて、よりより結婚のため、不一致調整をして、克服に向かって欲しいと願います。そのプロセスこそが、夫婦における性的成熟、交わりの深化、愛の絆の形成だと思うのです。夫婦の性的一致は、初心者から始めて、初級、中級、上級へと夫婦で豊かにしていくもの。
〈まとめと次回予告〉
 「裸の心→裸の体」の妻、「裸の体→裸の心」の夫。相手が自分とは、正反対の方向性の性的感性を持つことを理解すれば、不信感も性的傷も軽減し、不一致調整に前向きになれのでは。
 逆に言えば、こうした男女の違いを知ることができるまで、性についての正直な思いを話し合える夫婦関係であることが大切なのでしょう。その意味でも「裸の心での交わり」が前提だと思うのです。
 明日は、この違いがもたらす実際的な不一致について記してみます。