結婚生活、夫婦関係、離婚

「結婚生活35年、多幸感を伴い思い浮かぶ映像」

私には結婚生活35年を振り返る時
一番に思い浮かぶ一つの映像がある
最も多幸感を伴う映像なのだが
それは自分にとって意外で不思議
それは妻との初デートではない
プロポーズの場面でも結婚式でもない
最愛の人と始めた新婚生活でもない
娘が生まれた時の初対面でもない
それは夫婦が最も貧しかった時期
学校教師を辞して神学校へ
母教会に支えられての生活
妻がパートで働き、私はバイト
思い浮かぶ映像は薄暗い夕方
信徒からいただいた自転車で
少し離れた回転寿司店に向かう
月に一度の全品100円デー
貧しい中での些細な幸せ
その風景がいつも思い浮かぶ
しかも、大きな多幸感をもって
自分でも不思議でならない
貧しさと苦労自体は、喜べない
でも、それを夫婦で共有しつつ
築き上げてきた愛と信頼は
かけがえのない人生の宝
結婚披露宴、妻の上司のスピーチは
二人で苦労をするようにとのお勧め
その正しさと現実性を今思う
貧しさと苦しみは宝をもたらした
貧しさと苦しみで破綻する夫婦
逆に信頼と愛の絆をつくる夫婦
同じ境遇なのに異なる結果に
何が違うか考えてみる
貧しさや苦労は避けたいのは当然
でも、それより大切なことがある
貧しさや苦労を避けることよりも
そこから、宝を生み出す結婚生活
結婚は「するもの」ではなく
「築き上げていくもの」だから
「相互扶助的機能関係」ではなく
「相互献身的な人格関係」だから