結婚生活、夫婦関係、離婚
「裸の心で裸の体で①~裸の交わりのとしての夫婦関係」
〈性教育セミナーから〉
4月9日の「大人のための性教育セミナー」は、結婚後の夫婦の性関係をテーマに開催。リアルタイムで参加した一クリスチャン夫婦(結婚一年以内)からは、こんな発言が・・・。
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夫の側から夫婦の性生活について
「誰も教えてくれない」
「みんな知ろうともしない」
「どんなに親しいクリスチャンでも聞けない」
「最初から、うまくいくものではないと知って、安心した」
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妻であるクリスチャン女性はこんな趣旨で語ってくださいました。
「セックスは最も素の自分が出る場面」
「最初は、恥ずかしさや相手を傷つけない配慮から、気持ちを正直に伝えられなかった」
「日常から心の通じ合いがなければ、セックスも乏しくなりがち」
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そして、この名言が発せられたのです!
「裸の心での交わりが、裸の体での交わりを決める」
そこで、このシリーズのタイトルは「裸の心で、裸の体で」に決定
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〈裸の心と裸の体〉
これらは、講師が話し終えた後のリアクション。その前に私は創世記2章25節から、いくつかのことをお話し。それは、裸を互いに恥ずかしいと思わなかったのは、裸の心も恥ずかしくなかったことを意味する。罪の侵入によって、心においても、体においても、神と夫婦間の裸の交わりが断絶。主によって贖われたクリスチャンこそ、心においても体においても裸で交わる性の恵みに生きて欲しい。
創世記2章24節の「一体となる」という言葉の「からだ」は、肉体だけではなく、心を含む包括的意味を持つ言葉。聖書が示す夫婦の性的一致は、「合体」ではなく、「一体」。夫婦の性関係は、「全身全霊」を一つにすること。男女に別けられた人間の一体性の回復。心と体の両方における究極の交わり。
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〈性的不一致の原因として〉
結婚生活では、多かれ少なかれ、夫婦の性的不一致が課題となるもの。男女では性的感性が異なるから、それはむしろ当然のこと。その不一致調整をしていくことも、性生活における成熟であり、より豊かな喜びにつながるもの。
不一致の原因は、巷で言われるような性欲、体質、体の相性などの生理的身体的要素だけではありません。妻の側にとっては、それ以上に日常での夫との心の通い合いが影響を及ぼしているように思います。
「裸の心で、裸の体で」と題したこのシリーズではそうしたことを記していきます。既婚者クリスチャンが、教会ではあまり聞くことのできないことも記す予定です。
