同性愛についての資料と牧会上の指針

4.資料編

同性愛の原因について

(1)概 要

 まず、概要について記しておく必要があるでしょう。同性愛の原因については、様々な分野で研究がなされてきました。先に結論を示すとすれば、現段階でも同性愛の原因は不明であると言わざるを得ません。また、必ずしもすべての同性愛を単一の原因のものとしてとらえる必要もないでしょう。注目すべきこととして1990年代以降、先天性の同性愛の存在を示す有力な研究結果が相次いで発表されています。しかし、どれも先天性の同性愛の可能性を示すものではあっても、確定的なものではありません。
また、そのような研究は研究者自身が同性愛を正当化しようという恣意的なものであるとの批判もあります。特に同性愛が世界中の精神科医が診療基準として尊重するDSNから削除されたのは、専門家たちの純粋な学術手判断ではない、人権団体による圧力によるものだと言われています。
 一方、同性愛問題に関わるアメリカの保守的なキリスト教団体の中には、先天性の同性愛の存在を否定する立場をとるところも多いようです。すなわち「すべての同性愛は後天的だ」という見解です。

(2)先天的要因

 はじめに先天性の原因について記しましょう。これは人間の性的指向を決定するのは遺伝的な要因による、あるいは胎生期のホルモン異常による脳の構造的特徴に由来するという見解です。

1)1990年代は多くの同性愛者男性がエイズで死亡しました。そのことにより、死亡した同性愛者男性の脳の構造を解剖した際の研究結果が幾つか発表されています。私の知る限りでは、3件の研究報告があります。いずれも、同性愛者男性の脳には異性愛者男性と比較し場合の構造的差異が見られたことが報告されています。その内の2件は構造的に女性型の脳に近いという結果が発表されています。しかし、これらも現段階では統計的資料に過ぎません。これらの見解については、統計上の信頼性を疑問視する声もあることを付け加えておきます。
 それでは、なぜ男性同性愛者にこのような脳の構造的特徴が見られるのでしょうか。今のところ、同性愛遺伝子の存在と、胎生期のホルモン異常の二つが有力視されているようです。

2)アメリカでは、男性同性愛者の家系調査等から、同性愛に一定の発現パターンがあることが見出されました。その後、同性愛者兄弟の遺伝子連鎖解析の結果、X染色体の特別な領域に男性に同性愛傾向をもたらす遺伝情報が存在する可能性を想定しました。しかし、この家系の他の同性愛者兄弟には同様の結果が見られず、仮説としての域を脱してはいません。

3)日本ではキイロショウジョウバエの遺伝子に操作を加えて、同性愛的性行動をとる雄を作り出すことに成功しています。同性愛を抑制する遺伝子が存在し、それが破壊されたためであろうという仮説が発表されています。
 現在、人間の遺伝情報の解読が進められています。仮に、人間にも同性愛を促進したり、抑制する遺伝子が存在するなら、近い将来発見されることでしょう。

4)もう一つ同性愛者男性の脳の構造に差異をもたらすと推定されているのは、胎生期における性腺ステロイドホルモンの異常です。胎児の脳の性分化は妊娠90日前後に起こります。通常はアンドロゲンと呼ばれるホルモンが多量分泌された場合は男性型の脳が形成され、アンドロゲンの作用がなければ女性型の脳が形成されます。しかし、何らかの原因でアンドロゲンの分泌に異常が生じた場合、男性である胎児が女性型の脳を持つことになります。そして、その女性型の脳を持った場合、その性的指向は男性に傾くと言うのです。これは戦時中の胎児(妊婦のアンドロゲンがストレスで抑制)に同性愛者が多いこと、マウスの実験などからの仮説です。

5)さらに胎生期に過剰なエストロゲン(これも性腺ステロイドホルモン)を浴びた女性も、同性愛傾向を持ちやすいことが報告されています。これは、流産防止のための合成エストロゲン剤を投与した母親の女児を追跡調査した結果からの仮説です。

(3)後天的要因

一方、従来から同性愛の原因として想定されてきたのは、後天的な環境因子です。これは、人間の性的指向は成長段階での心因的な要素によって決定されるという見解です。ここでは代表的なものをいくつか挙げることとします。

1)まず、親子関係による心理的理由です。異性の親から心理的自立が不十分な場合、その子どもには、親以外の異性に自己を奪われる恐怖心が生じるとされます。そのような恐怖心が原因となり、性的指向が異性から同性に移ると考えられます。
 また、心理学では、同性の親がライバルとなることが、子どもが成長する前提とされています。しかし、幼年期、児童期に同性の親がライバルとなり得ないケースもありえます。その代償を性愛の対象として同性に求めるのだとの見解もあります。
 さらに、同性の親からの拒絶やあざけりなどが原因となるという指摘もあります。これも、同性の親からの受容と愛情を、同性に代償として求めるのだと解釈できます。

2)次に不幸な性体験が後天的な要因として挙げられます。幼少期に性的虐待等の不幸な性体験を受けた場合、その子どもには異性に対する潜在的恐怖心が形成されます。その結果、性的指向が本来のあり方から逸脱して、同性へと向うと考えられています。ファミリー・オン・ザ・フォーカス誌によれば、女性の同性愛者は、過去において不幸な性体験を持つ確率が高いという統計があります。

3)さらに性的未成熟による可能性があります。思春期において過渡的に同性愛的傾向が現われるのは一般的な現象です。通常は性的にも人格的にも成熟し、それはやがて異性愛に解消されます。しかし、何らかの原因で未成熟な段階で停止して、同性愛的傾向に留まると考えられます。ただし、この立場は同性愛者を性的あるいは人格的未成熟者と評価する事につながります。天才や専門家に同性愛者が多いのは、専門分野に対する過度の集中が生み出す性意識の成長障害に由来するという見解もあります。

4)特殊な要因としては、生活環境、特に同性ばかりの環境、禁欲的環境があります。例としては軍隊、刑務所、学校の寮、宗教施設などです。同性ばかりの環境の中で本来は異性に向くべき性意識が代償として同性へ向かうと解釈されます。アメリカでの軍隊、刑務所へのエイズ予防目的でのコンドーム支給は問題になりました。

5)同性愛についての著作や講演で知られるリーアン・ペイン師は「食人民族理論」とでも言うべき説明をしています。食人民族は、自分たちにとって好ましい性質もった人間を食べることによってその性質を自らのものとして所有できるという発想を持っていました。同様に、同性愛行為もも、自らが獲得を希望する性質を(食する事でなく)性的一致によって、得ようとする潜在的発想によると説明します。

(4)考 察

 私たちはこれらの科学的な研究成果をどう評価し、どう受け入れ、どう活用すべきでしょうか。私なりの意見は、両極端に走らないことです。一つ目の極端は、聖書の原則を機械的に適用することのみに集中し、すべての科学的な研究成果を排除してしまう姿勢です。それは人間理解に乏しい律法主義に陥るでしょう。愛は、相手を理解しようとすることを基本とします。私たちは、そのような他者理解という愛の姿勢が欠如していてはならないでしょう。
 もう一つの極端は、これらの科学的成果を全面的に信頼して、それに倫理的基準を置いてしまうことです。私たちはあくまで聖書に記されて神からの啓示を倫理的な基準として最優先すべきでしょう。また、科学的研究は日進月歩です。現在、一般に信じられている仮説も将来は否定される可能性があるのですから、それらを聖書よりも高い基準に置くべきではないでしょう。やはり、聖書の優先権は死守すべきだと考えます。

(5)現時点での私的見解

 一応、現時点での私の見解を記したいと願います。私が存じ上げている同性愛者の約三分の一は性的指向が同性に向いていった性的な事件や性的な意識を明確に自覚しておられました。つまり明らかにご自分の同性愛的指向は生育歴の中で形成されたものであると認めているのです。
ですから、後天性の同性愛があることは、疑いのない事実だと私は考えています。したがいまして「すべての同性愛は先天性である」という見解には反対します。後述しますが、先天性であるからその同性愛行為については罪であると断定し、倫理的責任を問うことはできないという見解にも反対します。
 また、一方「すべての同性愛は後天性である」とは言いきれません。「先天性の同性愛はありえない」という十分な科学的データはないように思います。また、聖書的、神学的に先天性同性愛の可能性を否定するに十分な論拠はないように考えています。ですから、「先天性の同性愛はある」とは考えませんが、「ありうる」という可能性は想定すべきだとの見解を持っています。

同性愛に関する法律

同性愛が社会的にどう評価されるかは、時代、民族、文化によって多様です。それはそれぞれの社会の法律において端的に見ることができます。

近年に見る社会的認知傾向

近年、同性愛は社会的に認知をされる方向にあります。クリスチャンの立場から考え
るなら、それは社会全体の世俗化によるものと考えられます。しかし、同様に、医学的
な研究の発達によって偏見が取り除かれつつあること、人権意識の前進など、プラス評
価すべき部分もあるかと思われます。

 以上のような傾向をクリスチャンがどう評価するかは多種多様でしょう。ただ、同性愛(行為)を(宗教的な)罪であるとするか否かと、同性愛者の人権を保護することは別です。私個人は同性愛者の人権を保護することには賛成です。同性愛者を法律によって差別することは、あってはならないことでしょう。しかし、同性愛行為(傾向性や性的指向ではない)を(宗教的な)罪でないとする判断するのは聖書的でないと考えます。

同性愛者をめぐる人権問題(近年の日本において)

 同性愛は社会的側面から見れば、少数者に対する差別問題と捕らえることが可能です。同性愛者であることが判明した事によって、家族から縁を切られる、職場を解雇されるなど、当事者にとっては切実な問題と思われます。犯罪行為と犯罪者の人権問題が別であるように、同性愛行為に対する善悪の判断と同性愛者の人権の問題は基本的に別のものであると言えるでしょう。

 クリスチャン、特に牧会者の方に知っていただきたいことは、同性愛者と性同一性障害者における自殺率の高さです。このことには、幾つかの原因が考えられます。一つは、社会からの差別や無理解に伴う孤独感、疎外感でしょう。自らの性的指向が家族等に知られ、迫害を受け自殺する場合もあります。同性愛者は帰属するところを失いやすいのです。教会だけは最後の砦であって欲しいと願います。
 もうひとつは、アイデンティティーの問題です。性は人間にとって本質的なものですから、自らの性におけるアイデンティティー混乱はその人の存在そのものを揺るがすものです。あるがままの自分を受容できないことが、時に自らを否定し、抹殺するという行為にまで至るようです。自我の形成期にある思春期における同性愛者の自殺率が極めて高い事が知られています。
 そのような最悪の結果を防ぎ得る最大のものは、牧師、兄弟姉妹、家族等の理解、受容、援助です。これらは、同性愛行為の是非とは全く別の問題です。これによって、どんなに救われるか分かりません。逆にそれらの人々からの迫害や無理解が決定的な痛手となることはご理解いただけるでしょう。
 私が出会ってきた同性愛クリスチャンの方にも、教会の指導者や兄弟姉妹から、断罪、疎外、侮辱などの反応を受けた方もおられ、その絶望感や苦悩は筆舌に尽くし難いものです。一方、周囲にそれまでと変らず受け入れられるなら、それがどれだけ本人にとっての希望や力となるか分かりません。

参考資料の紹介

資料集の最後は参考となる書籍とホームページをご紹介申し上げます。読者の方々の
より深い学びの助けになれば感謝です。

同性愛を扱った書籍類
1)ボブ・デイビーズ、ローリー・レンツェル共著「男か女か~同性愛のカウンセリングに」(ICM出版)
 日本で唯一?福音派の立場から単行本として出版されている著書。脱同性愛グループの働きとその成果に根ざした良書です。同性愛の問題については、どうしても聖書解釈やキリスト教倫理の側面に偏る傾向があります。しかし、 本書は同性愛から開放された実例が多くあり、「論より証拠」的な説得力があります。特に現実に同性愛の問題に直面しておられる方は必読です。

2)ジョン・ホワイト著「教会と性的罪について」 (いのちのことば社)
 日本語版では同性愛についての章は削除されています。これは訳者や出版側の判断だと思われます。私は原書を読み、幾つかの理由でこの判断に賛同しました。本書は何より、性的な罪への対処の原則を学ぶには最適であると思います。同性愛の事例に関してもここに記されている原則は十分通用すると思います。
3)ティム・スタフォード著「セクシャル・カオス」(マルコーシュ)
14章のなかの1章を「同性愛」にあてています。非常に聖書的でかつ、冷静な態度を保っています。断定的な倫理上の判断をするより、むしろ問題の所在を明確にしています。

4)KGK編「イシュとイシャ」(KGKブックレット)
 同性愛についての貴重な記事(同性愛者クリスチャンからの手紙とそれへの返答)が掲載されています。非常に聖書的かつ現実的な返答として参考にしていただきたいです。

5)ドニー・マクラ―キン著「暗闇から光へ」(いのちのことば社)
 グラミー賞受者であり、黒人牧師である著者による自伝。著者自身が児童期に同性愛者から性的暴力を受けたその傷とその克服とが記述されています。アメリカ社会の同性愛の現実をリアルに知るには最適の書。また、克服への希望と現実性をも与える点で必読と言えます。また、巻末には同性愛脱却を援助する団体やそのための書籍などが多数紹介されています。

6)ビデオ ドクター・ドブソンの「男の子の育て方(同性愛とは)」(ファミリー・フォーラム・ジャパン)
同性愛についてのドブソン師の見解が語られる。同性愛は先天的でないとする主張と論拠は参考となりそうです。何より、元同性愛者であり、やがてそれを克服し結婚し、父親となった二人の体験談は涙なしには見られないものです。   
7)洋書としては以下のものを参考としました。
John Stott(ジョン・ストット)著“The Issues Facing Christianity Today”
Leane Payne(リーアン・ペイン)著“How to Heal Homosexuals”
Archbishop Daniel E.Pilarczyk著“Tweleve Tough Issues”

8)リベラルな神学に立ったどちらかと言えば、同性愛容認派のもの

  • S.サイカー著「キリスト教は同性愛を受け入れられるか」(日本キリスト教団出版局)
  • アラン・A・ブッシュ著「教会と同性愛(互いの違いと向き合いながら)」(新教出版社)
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  • 特集「同性愛とキリスト教」月刊誌「福音と世界」(新教出版)
  • 「講座・キリスト教倫理~第二巻:結婚と性」(日本基督教団出版局)
  • 宮谷宣師編「性の意味~キリスト教の視点から」(新教出版社)
  • ジョン・B.カブ、Jr.著「生きる権利死ぬ権利」(日本基督教団出版局)
  • 9)一般の書物で分かりやすく興味深いもの

  • 伊藤悟著「同性愛の基礎知識」(あゆみ出版)
  • 落合恵子、伊東悟著「自分らしく生きる~同性愛とフェミニズム」
    (かもがわブックレット116)
  • 別冊宝島「ゲイの学園天国」、「SEX、なぜ?ほんと読本」(宝島社)
  • 伏見憲明著「性のミステリー」(講談社現代新書)
  • 森省二著「逸脱するエロス」(講談社新書)
  • 石浜淳美著「セックスサイエンス」(講談社ブルーバックス)
  • 坂田義教編「現代のエスプリNo.366 性の諸相」(至文堂)
  • また、アメリカにおける同性愛からの脱却のための団体と書籍については、ドニー・マクラ―キン著「暗闇から光へ」(いのちのことば社)の巻末に信頼できるものが多数掲載されています。必要と関心のある方はぜひ、本書購入をお勧めします。