教会形成、教会教育

教会形成、教会教育

「虎は死して皮を、牧師は辞して役員を残す④~未熟な役員像」

〈神より牧師につく役員〉
 今回は「未熟さで衰退と混乱を招く」タイプの役員を類型化して記します。まずは、第一コリント3章のように神様より指導者についているレベルの役員。牧師がしてはならないことの一つは、信徒を神でなく自分につなげてしまうこと。そうした信徒が役員になると、それは後任牧師にとって、深刻な負の遺産に。なぜなら、その役員は「前任牧師のファン」であって、「キリストのしもべ」ではないから。
 ファンではない後任牧師との信頼関係を築くことより、前任者に倣うかどうかが大切に。後任者に、前任者と同じことを同じようにさせることこそが正解に。後任者が提案する実を結ぶ変革さえ「悪」となります。前任者を持ちだし「〇〇先生なら、そんなことしない」と、正義の味方のような発言。牧師は活かされず、必要な変革もできないので、教会はガラパゴス化し、衰退へ。
〈牧師のイエスマン〉
 主体的に聖書から考えることを訓練せず、「牧師に服従するのが、よい信徒」という教育がされる教会では、その方針に忠実な信徒が役員に。役員会はイエスマン集団。主体的に聖書から考えて、牧師に異論を唱える成熟した役員は、教会にいづらくなり、場合によっては教会を去ることに。
 問題や課題に対して、聖書的にどう考え、どう対処するか、考えることも判断することできません。経験値から、前例を踏襲するまで。そうした役員を残された後任牧師は「大迷惑」。優れた牧師は活かされず、誠実な牧師は失望します。後任者が未熟だと、誰一人、成熟した判断ができず、万事、前例踏襲、事なかれ主義、問題先送り。深刻な問題が発生すると教会は混乱し、回復困難に。
〈未熟なのにプライドが高い役員〉
 規模の大きな教会の役員について驚くことが。礼拝人数100人や200人の教会の役員の中に、聖書の基本的教理を悲しい程理解しておられない方や逆に頭だけの信仰が見えてしまう方が。学生団体に集う大学生の方が、はるかに福音理解と信仰生活において優れていると思えるケースがあります。これは、大抵イエスマンタイプの役員です。牧師からの教えは心得ていても、聖書のそのものから教えられ、御言葉に活かされていないのです。
 その一方で、大きな教会の役員だから、社会的地位があるから、信仰歴が長いからという理由で、プライドだけは高いのです。未熟さの自覚がなく、学び成長する必要感もないので、役員教育は困難に。いわば、「成熟拒否体質の教育困難役員」です。後任牧師がこうした未熟な役員と共に歩むとしたら、その苦労は推して知るべし。ましてや、そうした役員が教会の決定権を持つなら、どうなるかも予想がつきます。
 長くなったので、続きは次回に。あと二つのタイプを記します。